久*まこSS No.001

「あちゃー、土砂降りだわー」
部長が窓の側で声をあげる。
「よう寝とったのぅ」
紅茶を飲みながら後ろから声をかけると、部長が体ごと振り返って、窓辺に腰かけた。
少しご立腹の様子だ。
「どうして起こさなかったのよ…」
ジと目でこちらを睨んでくる。
すぐに答えられなくて、とりあえずカップに残った紅茶を飲みながら時間を稼ぐ。
強く打ち付ける雨で部室の窓という窓がガタガタとなっていた。
 
(まさか、部長の寝顔に見とれてた、なんて言えんじゃろうて)
なので、カップに紅茶のおかわりを注ぎながら当たり障りのないことをいっておく。
「気づいた時にはもう降りだしとったんじゃ。何しろ急じゃったけぇ」
もちろん、嘘だ。
大雨になるのはわかっとった。
それは、遠くで雷が鳴り出したからだが、大きな音にもかかわらず、
少し寝返りをうつだけで全く起きる気配のない部長が面白くて、ついつい起こしそびれてしまったのだ。
「ふ〜ん…」
部長の寝顔を思い出して、ともすれば緩みそうになる頬を隠すためにカップを傾けていると、
信じているのかいないのか、部長は腰をあげるとこちらにつかつかと歩いきた。
 
カップから口を離すと、すっとカップが持ち上げられる。
「あ……」
そのまま、当然のように紅茶に口をつけ、すぐに眉ねを寄せた。
「なにこれ、凄いぬるい…」
「あ、いや…」
いつもなら流せたことでも、久しぶりに部室に二人きり、
という状況に緊張でもしているのか、ついつい顔が熱くなってしまった。
「ははーん。まこ、あんたもしかして…」
部長はカップを机の上におくと顔をぐぐぃっとこちらに近づけてきた。
「ち、違っ…これはじゃの…」
いきなりの接近にしどろもどろになり、鼓動の速さがどんどん増していく。
体を引けるだけ引きながら、ついに相手の目に自分の顔が映るほど接近してきたところで、
耐えられなくなってつい目を閉じてしまった。
 
―――ぱしんっ
 
こぎみいい音と同時におでこに鈍い痛みが走る。
「へ?」
「あははは。まこ、かわいー」
さっきまであれほど不機嫌であった部長は上機嫌で笑っていた。
「えっと…」
「まったく。まこも寝ちゃってたならそう言えばいいじゃない」
 
 
なにがなんだか理解できずにいると、そう笑いながら指先でおでこをぐいぐいと押さえられた。
「素直じゃないわねぇ〜」
やっとのことで我にかえる。
馬鹿にされていることが分かると、頭にのぼった血がすぅっと下がっていった。
「…、酔っとるんか?」
「失礼ね。素面よ」
「……」
暫くお互いに睨み合う。
 
「…なに期待した?」
「ぶふぅっ…!!」
吹き出す寸前に部長は身体を後に引いてやり過ごす。
「な、なにゆっとんじゃぁ」
「あはは。冗談冗談」
部長は実に愉快げに笑うが、こちらは頭が痛くなりそうだった。
「はああぁ〜」
(なんでこんな人ぉ、好きになったんじゃろか)
 
「はい」
ティーセットを片付けた後、鞄が胸に押し付けられて、それを受け取るとるやいなや、部室から連れ出された。
「どこいくんじゃあ」
「もちろん帰るのよ」
前を歩く部長に問いかけると、そんな答えが返ってきた。
ちなみにまだ雨は降り続いている。
「なんだぁ。傘もっとったんか」
「持ってないわよ」
「は?じゃあどうやって…」
「走るのよ」
出口につくと部長が扉を開き、雨が降りしきる外へと押し出される。
「なっ!!」
そして、部長自身も外に出て扉を閉めた。
 
「さぁ、走る走る!!」
雨と風の音に負けないように部長は声を張り上げる。
「走るって…」
そう言っている間にも制服の薄い生地はどんどん濡れて重たくなっていく。
というか、眼鏡が水で濡れて殆ど前が見えない。
これではとてもじゃないが走れない。
どうすべきか迷っていると、不意に眼鏡が外された。
そして、再び腕がつかまれる。
「ちょっ…」
「ほら、まこ!!走るわよ」
「は!?」
「少しぐらいなら見えるでしょう?まこんちまで突っ走るわよ!!」
「突っ走るって、部長の家は逆じゃろうに!!」
一回こけそうになって体勢を直しながら問う。
「ばかね。一人じゃまともに走れないくせに!」
地面の水が跳ねて長めのスカートにかかっていく。
「じゃが…」
まだ続けようとすると少しこちらの方を振り向いてまた楽しげに笑った。
 
「着いたら今度は熱いお茶飲ませなさい!!それで今日のところは赦してあげるわ!!」
まるで、雨の中はしゃぐ子供のように。
 
その笑顔は眩しくて、
「…了解」
つられて笑いながらもそれだけだけ言うのが精一杯だった。

 

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