咲*和SS No.003

 窓から夕陽が差し込み、麻雀卓を茜に染める。
「そろそろ解散にしましょ」 久の言葉に、それぞれが片付けを始め、帰り支度をする。
「あ、宮永さん。一緒に帰りませんか?」
 いつもは咲から帰りを誘うのだが、今日はそれが無かったため、少し勇気を出して和は自分から誘ってみる。
 咲は、一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに申し訳無さそうな表情を浮かべる。
「ごめんなさい原村さん。今日、図書室寄らなきゃいけなくて」
「そ、そうですか。では、また明日」
「うん、また明日」
 最後まで、申し訳無さそうな表情を浮かべながら、咲は部室を出て行った。
 最近ずっと一緒に帰っていたからか、和は少しだけ寂しさのような、よく分からない感情が生まれた。
「のどちゃん、捨てられた子犬の様な表情してるじぇ」
「そ、そんなことありません!」
 ニヤニヤとからかわれ、そのせいで、恥ずかしさやらいろんな感情が渦巻き、顔を赤くして走り去った。

「宮永さん……」
 茜に染まったアスファルトを、ただ一人で歩く。和が考えるのは、咲のこと。
 方向音痴で、普段はおどおどしていて、けれど麻雀をしているときは、誰よりも魅せる。気が付いたときには、既に魅了されていた。
「はぁ……」
 このキュッとした気持ちが、友達に抱くものなのか、今まで恋を経験したことが無い和には、分からなかった。
「原村さーん!」
 そんなことを考えていたとき、ふにゃりとした声が、和の聞き慣れた声が聞こえた。

「宮永さん!?」
 和が振り向くと、額に玉の汗をかいた咲がいた。走って来たのだろう、肩で息をしている。
「走ったら、はぁ……間に合う、かと思って……はぁ」
 にへらと頼りない、けれども柔らかいいつもの笑みを浮かべながら言う咲を見て、和は思わずそっぽを向いてしまう。
 そんな和の態度に、キョトンと首を傾げて疑問符を浮かべる咲。
「そんなに走ってまで、一緒に帰ろうだなんて、馬鹿ですか」
「あ、原村さん酷い〜」
 軽い冗談を交わす。
 目が合って、どちらともなく小さく笑った。何がおかしいかなんて、よく分からない。ただ、楽しかった。
 初めて会った時は、こんなに親しくなれるとは思って無かった。
「それじゃあ、帰りましょうか」
 未だに息が荒い咲に、そっと手を差し出す。
 一瞬ぽかんとした咲だが、すぐに笑顔になって、
「ありがとう原村さん」
 その手を握った。
 柔らかい感触が、心地良い。
 咲が少しギュッと手に軽く力を入れると、それに返事するかのように、和もギュッと握り返す。
「えへへ」
 咲は笑いながらも、ほんのりと頬が紅い。和は無言で、少し頬を朱に染める。
 二人の頬が紅いのは、茜のせいだけではないだろう。

 

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