咲*和SS No.004

今日は合宿最終日。
長い様で短い強化合宿もこれで終わり。
合宿はこれで終わりだが、休む間もなく県予選があるのだ。
否が応なしに緊張してしまいなかなか寝付けない。
何度か寝返りをうって体勢を変えてはみるものの全然駄目だった。

「はぁ…」

一度身体を起こしてエトペンを抱きなおした。
いつもはこの子がいれば寝られるのに。
・・・ゆーきやまこさんにからかわれたりしたけれど。

「んにゃ…。タコス、うまぁ…」

当のゆーきは相変らずタコスの夢を見てるみたいだ。
まこさんや会長もよく眠っている。
ふと、隣へと目を落とすと宮永さんも気持ちよさそうに眠っていた。
寝相があまりよくないのか布団が少し乱れている。
夏とはいえ夜はある程度冷えるし、せめてお腹だけでもと思い布団を掛け直す。

「ん、ぅ…?」
「あ…。すみません、起こしてしまいましたね…」
「んーん…」

こしこしと目を擦りながらこちらを見る宮永さんはとても幼く見えた。
麻雀をしている時とはまるで別人のようだと思う。
どちらも宮永さんに変わりはないのだが、そのギャップが更に今の彼女を幼く見せているんだろう。

「はらむらさん…、寝ないの?」
「えっと……はい。なんだか寝付けなくて…」
「そうなの?でも、いつもはペンギンを抱いて寝てるんだよね」
「ええ、そうなんですが…。それでも駄目みたいで…」

そっかぁ、なんて軽く呟きながらもやはり眠たげで。
彼女の眠りを妨げたことに罪悪感を覚えてしまう。

「ごめんなさい、宮永さんは気にせず寝てください」
「でも、原村さんが眠れないのに私だけ寝るのも悪いし。せっかくだから私も付き合うよ」

宮永さんにそう言ってもらえるのはかなり嬉しい。
宮永さんと一緒に何かをしたり、共有できるという事は自分にとってかなり嬉しい事、なのだけど。
でも、このまま朝まで眠れなかった場合明日に響くし、さすがに彼女に悪い。

「嬉しいですけど…。宮永さんに悪いですよ」
「だって、原村さんが心配なんだもん」

それとも迷惑?とこちらを見つめてくる。
澄んでいて濁りのない目。
打算も何も無い宮永さんの視線が私を貫く。

もう、それだけで。
顔が熱くなる。

「そんな、事…ない、です」
「よかった。原村さんの迷惑になる事はしたくないもん」
「…っ。み、宮永さんは眠れない時どうしてますか?」

赤くなっているであろう顔をごまかそうと話を振る。
部屋は薄暗いからそう気付くことはないと思うけれど。

「え、私?私は眠れない時ってあんまりないからなぁ」
「そうですか…」
「あ、でも」
「?」
「小さい頃はたまに寝付けないことがあって。その時はよくお姉ちゃんに寝かしつけてもらってたっけ」

宮永さんがお姉さんの話をするときは本当に懐かしげに、嬉しそうに話す。
本人は気付いていないと思うけれど。
それを見る度に私の胸は軽い痛みを覚える。

「そう、ですか…」

宮永さんとは一緒に全国に行く約束をしたけれど。
元々、宮永さんが全国に行きたいのはお姉さんに会いに行く為で、私はこの場所を離れたくないという理由からだ。
目標は同じだけどその理由は異なっていて。

そんなの。

そんなのは、分かっていた。
宮永さんがお姉さんの事しか見ていない。
お姉さんに会う為に全国を目指している事なんて、約束をした時から分かっていたというのに。
どうして。

「…原村さん?どうかした?」
「いえ…なんでも、ないです…」

こんなにも、胸が苦しい。

「でも、すごく辛そうだよ。どこか痛いの?」
「いいえ、大丈夫ですから」

彼女が本当に心配してくれてるのはすごく伝わってくる。
けれど、今はその優しさが、辛い。

「ほんとに?辛いなら横になってた方がいいよ」
「…そう、ですね。そのまま眠れるかもしれませんし」
「うん、そうだね。じゃあ私も」

そう言って私と宮永さんは布団に潜り込む。
酷い顔をしている私を見られたくなくて早々に毛布をかぶる。

「あの、原村さん」
「……なんですか?」
「そっちに、いってもいいかな?」
「え……っ!?」

それは私の布団に入ってくる、という事なのだろうか。
唐突な申し出に一瞬頭がフリーズしかける。
宮永さんは私の答えを聞かないまま、身体を移動させてすぐそばまでやってきた。
肩やら足やらが触れ合い、その度に激しく動揺した。

「よいしょ、っと」
「あ、あの…っ」
「あのね。お姉ちゃんにしてもらってたこと、原村さんにやったら寝られるかなって思って」
「み……っ!?」

宮永さん?と問いかける前にふわりと抱きしめられて。
身体が柔らかい感触で包まれた。

「……っ!?」

私と同じシャンプーの香り。
お互いに合宿所に備え付けられていたものを使用したのだから同じ香りがするのは当たり前、なのだが。

近い。近過ぎる。
すぐそこに宮永さんの顔が、ある。

「えへへっ、なんか懐かしいや。私はいつも抱きしめられるほうだったけど」
「みや、ながさん…」

ふにゃりと笑う。
いつもより近い距離で、そんな無防備な笑顔を晒さないでほしい。
うっすらと紅潮している顔。
喋る度にかかる吐息。
ただでさえ色々限界だというのに、それは反則だ。

「あ、原村さん体勢とか大丈夫?苦しくない?」
「は、い。それは、大丈夫です、けど…」
「そっか、それならよかった」

よくない。
この状況は決して嫌ではないけれど色々とよくない。
実は私の思考を読んであえてやっているのかと勘繰ったりもしたが、宮永さんがそんなに勘がいいとは思わない。
…麻雀をしている時ならともかく。

「こうやって抱きしめるのってなんか不思議な気分。いつもは抱きしめられてたから、かなぁ」
「その時はお姉さんが?」
「うん。麻雀してる時のお姉ちゃんは苦手だけど抱きしめてくれるのは好きだったんだ」

宮永さんがお姉さんの話をしている時はいつもとは少し違う笑みを浮かべる。
その笑顔を見る度にもどかしい気持ちになる。

宮永さんの笑顔は、好き。
けれど、それは私に向けられたものじゃ、ない。

「…宮永さんが、羨ましいです」
「そうかな?」
「はい。私は一人っ子ですから」

羨ましいのは宮永さんではなくてお姉さんの方。
私は、宮永さんのお姉さんに嫉妬している。

「じゃあ、こんな風にされたことってあんまりない?」
「…ええ」
「そっかぁ。私が初めてって事?」
「そう、なりますね」
「ふーん…」

そうだったんだ、と呟くとそのまま顔近付いて。

「……っ」

こつん。

軽くぶつかる音と、額に少しの衝撃。
私を抱きしめる宮永さんの腕の力が少しだけ強くなって、お互いの身体がぴったりとくっついた。
一瞬、キスでもされるのかと思ってしまった自分自身を恥じた。
さっきより密着度が増したことで、激しく動いている心臓に気付かれないか心配になる。

「えへへっ、なんか嬉しいな」
「えっと…」
「こうしてるとね、すごく安心するんだ。原村さんと一緒にいると落ち着くの」

無垢な笑顔で言う宮永さんの言葉に私は嬉しさで震える。
さっきまで落ち込んでいたのに我ながら現金だと思う。
彼女の言葉で一喜一憂してしまう程、いつの間にか宮永さんの存在が私の中で大きな割合を占めていたことを改めて認識した。

だから。

「わ、私もです」
「ほんと?原村さんと一緒だったらなんでもできる気がするんだ」

二人で一緒に全国に行こう。

言葉にはならなかったが、通じ合えた気がした。

「…ええ、一緒に。全国に行きましょう」

だから、今はこれでいい。
貴女と一緒ならどこへでも行ける。
全国だろうと何だろうと。

えへへ、とはにかみながら宮永さんが摺り寄ってきても心音が乱れる事はなかった。
いつの間に程良く睡魔もやってきたし、これは彼女のお陰だろうか。
どちらにしてもよく眠れそうだと思った。
心の中で宮永さんにお礼を言って目を閉じる。
お互いの温もりを感じながら。

−fin−

 

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